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受け取ったら与える 循環

今日は生徒さんがレッスン時に焼き菓子をみんなに持ってきてくれました。

みんなのお顔も一気に変わり、テンションもアップ❗️

焼き菓子を持ってきてくれた生徒さんは「いつもこの焼き菓子をレッスン時に持ってきてあげたいって思ってたのだけど、なかなか買えなくて」と。この焼き菓子は人気のお店のもので、本当になかなか買えないのです。

今日のこのことを思い出して、生徒さんは自分が得た喜びとか嬉しさとかを、ただ同じように他の方に手渡すのが、その生徒さんにとって自然だったのだろうなって。「自然」=「愛」。

私たちって、受けとった喜びや愛を抱え込むと不自由になり、手渡すと自由になるんだと思います。

今日はたまたま「焼き菓子」という形だったのだけど、いろんな場面で受け取り、手渡す機会を受けているのだと思うんですよね。

困った時に手を差し伸べてくれた人の存在を知っているから、困った人がいたら手を差し伸べるのは自然な行為だと知ってるし。むしろそうでないなら不自然と感じる。

そもそも、そういう「自然」=「愛」を生まれた時から知っているからだと思うんですよね。

もし自分に赤ちゃんがいたとする。その子が微笑んだら、見ている私は胸がキュンと熱くなる。赤ちゃんの「愛」を自分も知っているからキュンとなる。

赤ちゃんは愛を私にさざてくれている。受け取った愛を今度はどこに捧げるか。それが親。親になるって本当に素晴らしいこと。そして同じように子であることも素晴らしい存在。誰もが誰かの子であるのだから、やっぱり全ての存在は素晴らしいですよね。

受けた取ったものは、必ず返すようになっているのが自然の仕組みであり、自然な流れ。ルール。

呼吸も、吐いたら、吸う息は必ずくる。 いただく呼吸と明け渡す呼吸。

いただいていると感じているから、明け渡すことができ、与えられているから、与えることができる。だから、私たちは、与えられていることに気づくことで、与えることができるんですよね。

レッスン後の一場面から、与えられていることに気づくことの大切さを学びました。

いつも、ありがとうございます

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